チームとしては何度も経験している大会であるが、現在の監督コーチを含めてスタッ フにとっては初めての大会。さすがに日頃あまり聞き慣れないチーム名、運営など関 東の雄を決する感じが出ていた。朝4時から監督自ら運転するバスで行動を開始した 関東大会は真夏の太陽の下で開催された。 |
2002年7月21日 | 関東夏季大会 | 準々決勝 | 神栖海浜野球場(茨城県) |
チーム名 | 一 | 二 | 三 | 四 | 五 | 六 | 計 |
緑中央A | 5 | 5 | 1 | 6 | 1 | 18 | |
千葉北 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 5 |
初戦ではあったが落ち着いた戦い。体調不良の選手を控えの選手がよくカバーして穴 を埋めていく。関東大会用のルールに慣れるまで多少時間はかかったが、打線は後半 力強さを出し、ランニングホームラン3本を含む毎回の18得点で準決勝へ進む。 |
2002年7月21日 | 関東夏季大会 | 準決勝 | 神栖海浜野球場(茨城県) |
チーム名 | 一 | 二 | 三 | 四 | 五 | 六 | 計 |
緑中央A | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
江戸川南 | 0 | 0 | 4 | 4 | X | 8 |
優勝候補だけあってのさすがの守備であった。1回ライト飛球を候補されるが、その 裏の守備で右翼手安田がライトゴロで相手の出ばなをくじく一進一退を続ける守りの 展開。攻撃では走塁ミスによりチャンスの芽を摘まれていた。結果小さなミスが実力 以上の点差を生んでしまった。先取点も返球ミスからの失点。相手の守備力から考え、 これ以上の失点は避けたい考えがさらに失点を生み出してしまった。無駄な送球を見 逃がさない走塁は我々のお株を奪われてしまった感じ。あと一歩で捕球できる打球ば かりで運もなかったが、試合後マイナーコーチが語ってくれた「うちは投げたらあと は知らんという感じであったが、江戸川さんは捕る相手のことを考えて投げていた」 というコメントが全てであったと思う。基本中の基本。キャッチボールからのスター トで再起を期待したい。 |
こらえてもあふれ出る涙の中で選手の一人が試合後つふやいていた。「マイナーの選 手達(数分前に負けてしまった)が必死にジュニアを応援してくれたことが一番うれ しかった」スタッフが指導するよりも遥かに強烈で、印象深い経験を選手たちは得た。 さわやかな痛みは、彼等への未来の道を残して、梅雨明けの日関東大会を終わらせた。 |
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